今が江戸の代であることを信じようとしないを、ちょうど非番だという沖田が京見物に誘った。
 は京の街並みを熟知している。大きなお世話だと断ったが、沖田は全く譲ろうとしなかった。そのしつこさに折れ、結局市中を案内してもらう事になったのだった。


罪にかれて



 屯所を出てから、はや数刻。出た頃はまだ朝だったはずなのに、既に太陽は達の真上で燦々と輝いている。
「……なあ、本当に分からないのか!?」
「だから言ったじゃないですかぁ。まだ京には不慣れなので、大路ならともかくこんな路地分かりませんよぉ」
 と沖田は迷子になっていた。
 沖田が京にやって来たのは一年ほど前だという。であれば京の地理ぐらい完璧に把握していて然るべきだと思うのだが。
「お前が京を案内してやると、自信満々に言ったんじゃないか! 無責任にもほどがある!」
「そんなー。さんがどんどん先に行っちゃうから分からなくなっちゃったんじゃないですかー」
 沖田の反論には押し黙った。確かに、沖田の制止を無視してどんどん路地へと進んでいったのはだったからだ。

 最初は沖田に連れられて京の大路を歩いていた。
 しかし歩けど歩けど、の知っている京の面影は無く、は改めて自分の状況を理解した。それでも感情は全く追いつかなかった。
 だから乱丸達と歩いた街並みを探して、大路を逸れ、細い細い道へと進んでいったのだ。

「あ……、」
「どうしたんですか、さん?」
 それでも今迷子になっているというこの状況を、素直に認めたくはなかった。いつか大路に出るだろうと半ば意地になって路地を進んでいたが、あるところで足が止まる。
 急に立ち止まったに、沖田からは怪訝な声が向けられた。
「本能寺……」
「ほんのうじ?」
 小さく呟いたの声を、沖田は耳ざとく拾っていた。の視線の先には、本能寺と書かれた門と、立派な大寺院があった。
────違う、私たちがいた本能寺はもっと小さくて……そうだ、あの時にはもうかなり火も回っていたはず。それが数日やそこらで再建されるはずがない。……信じたくない、信じられるはずもない。
 答えは、既に出ていた。


***


 『本能寺』という名の寺院を見てから、の様子がおかしくなった。彼女は地面に縫い留められたように、門扉を見つめながら微動だにしない。
「あの……さん?」
 沖田は恐る恐る声を掛けた。
────突然、が膝から崩れ落ちる。背中を丸めてうずくまり肩を震わせる姿に、沖田は心臓を鷲掴みにされたような動揺を覚えた。
 俯いて表情はよく分からなかったが、彼女は泣いているように見えた。
「はは……やっぱり。ここには、この時代には、上様も、乱丸も、いないんだな。私だけが生き残って……」
 しかし顔を上げたは笑っていた。
 さっきまであんなに強がっていたが、今は酷く小さく、折れそうなほど細く見えた。
 そんなの様子を見て、沖田は居てもたってもいられなくなった。の視界を遮るように、沖田はを抱きしめる。
────きっとすぐさま拒絶されて殴られるだろう。沖田もそれは覚悟の上で、それでもを放っておくことが出来なかった。

「……大丈夫ですよ、さん。あなたがこの時代にやってきたのは、きっと意味があったからなんです。あなたはこの時代に呼ばれたんだと思います。だからあなたは自分を責めなくてもいいんです」
 沖田は童に言い聞かせるように、優しくの背中をさすった。
 それまでこらえていたのか、堰を切ったようには声を上げて泣き始める。
 その涙が止まるまで、沖田はの背中を優しくさすり続けた。


***


 その後、屯所には本能寺の小坊主の案内で帰ることになった。なんと本能寺と屯所は目と鼻の先の距離だったらしい。
 道中、ずっとと沖田は気まずそうに間隔をあけ、目を合わさないように互いに反対の方向を見ながら歩いていた。