志々雄のアジトから戻り、京都市内の警察署に滞在することになったは
終わりの見えない業務に忙殺されていた。
指揮官を務めるはずだった斎藤が、新月村の一件でまだ京都入りしておらず、なおかつ神戸に集結していた全国警察の精鋭部隊が全滅したことで、その後処理に追われている。
さらにはアジトに潜入していた際に漏れ聞いた“京都大火”という作戦。かつて池田屋事件によって阻止された維新志士側のその計画を、そっくり再現しようというのだろうか。
確かにそれは維新政府への皮肉の込められた志々雄らしい計画なのだが、には何かひっかかるものがあった。
「こんなにもあっさりと漏洩するものか……?」
くすぶる火 種
“京都大火”が本当に実行されるのならば、
京都中の警察官を集結させても、完全に阻止するのは難しいかもしれない。
それに志々雄の狙いは他にあるような気がするのだ。
もしも新政府への“見せしめ”が京都大火だけで終わらないのならば、
警官すべてを一か所に集中させることはかえって危険に思われる。
────コンコン
「失礼するよ、君」
「署長、どうかされましたか」
ノックをして執務室に入ってきたのは、この警察署の署長だった。
要件を聞こうとしたは署長の後ろに立つ男に気づいて、
無礼を承知で大きく顔を歪めた。
「随分と遅かったですね、“藤田さん”」
「悪かったな。しかしまさか俺がいないと何も出来ない“無能”でもなかろう」
子供を預けてきたついでに奥方とよろしくやってたんじゃないか、と皮肉のつもりで言ったの言葉は、
あっさりとそれ以上の嫌味で返されてしまった。
これ以上舌戦を続けても仕方がないので本題に戻る。
「それよりも署長、志々雄一派の剣客を一人捕らえているという話でしたが」
「おお、そうだ。彼は地下の留置場に居るよ」
署長に案内されてと斎藤は留置場へと向かった。
実のところ、は“刀狩りの張”が捕らえられてから特に彼から
話を聞こうとはしていなかった。
張が志々雄と合流してから別れるまでの会話を、全てアジト潜入時には聞いていたからだ。これ以上新たな情報が得られるとは思えない。
「あの一番奥の牢に捕らえている」
署長が指さしたのは留置場の中で一番堅牢そうな扉だった。
は斎藤の後ろに続いて留置場の廊下を歩く。
────カンッ
その途中、木片がの頭を狙って飛んできた。
はそれを難なく避け、そのまま木片は向かいの壁へと当たる。
地面に落ちたその木片を拾い上げ、はその出所を見た。
「何のつもりだ、相楽左之助」
「せっかく斎藤のヤロウまで来たんだ。俺も混ぜろよ」
「、なんだコイツは」
木片の出所は相楽左之助、そして投げられた木片は先日が左之助につけた手枷の残骸だった。
左之助の額には血が滲んでいる。どうやらその石頭でカチ割ったらしい。
「あれ、覚えていませんか。藤田さんこいつの肩ぶっ刺してたじゃないですか。
剣心のところにいた雑魚ですよ」
「ああ、あの金魚の糞か」
「ま、関係ありませんけどね。行きましょう、署長、藤田さん」
斎藤は左之助のことを忘れていたようだったので、説明したが
結局のところ戦力にはなり得ないので早々に切り上げて張の居る牢へと向かおうとした。
「おいっ逃げるかてめー! 開けねーなら開けるぞ、いいな!!」
悔し紛れにそう叫ぶ左之助を達は無視した。
五月蝿くて邪魔なだけの男に割いている時間は無い。
────そう思っていたところ、後方から爆音が聞こえた。
「驚いたか、コラ。
以前の俺と同じだとナメてかかるとてめーらもこうだぜ」
「貴様っ……」
「署長、こいつの始末は私がつけます。上で待っていてください」
左之助の態度に激昂する署長を抑え、斎藤が左之助に近づいた。
「成程、技の発想は唐手の『透し』と同じ様なものだな。
最も威力は比べものにならんか……」
粉々になった木枠のかけらを拾いあげて斎藤は冷静に左之助の技を分析する。
「それで、俺が言った“防御のいろは”はどうなったの?」
左之助の攻撃の威力はの想像以上に伸びていた。
しかし志々雄一派と戦うためには攻撃一辺倒ではどうにもならないだろう。
「防御なんざ、俺の性にあっちゃいねェ!
俺は俺のやり方で闘わせてもらうぜ!!」
「はあ……勝手にしなよ。止めたってどうせ付いてくるんだろ」
は正直なところ面倒くさくなっていた。
口で言っても、牢に繋いでおいても付いてくるのだ。
(もう勝手に闘って死んでしまえ……)
斎藤も同じ考えなのか、付いてくる左之助を無視して、
そのまま刀狩りの張の牢の鍵を開けた。
「……なんや随分騒がしかったなァ、あんたら。
こちとらいい気分で寝てんやさかい、もちっと静かにしてえな」
余裕の表情で斎藤達を迎え入れたのは、志々雄十本刀の一人“刀狩りの張”である。
「いくつか聞きたいことがある。
先日、起きた神戸での出来事だ」
「……? ま、なんなりと言うてや」
「やっと集結が完了した志々雄討伐隊……軍と警察から俺が選りすぐった剣客五十人が、
たった一人の賊の手に掛かり一夜にして壊滅。
おかげでこっちは戦力としての手駒の殆どを失う事になった。
志々雄の配下にこの様なマネが出来る奴がいるかどうか答えろ」
ああ、宇水とかいうイカレた男のことか、とは内心独り言ちた。
斎藤にもそれは報告していたはずだけど、わざわざ張に聞くのは志々雄陣営の戦力に当たりをつけるためだろうか。
しかし張は真面目に答える気がないらしく、
斎藤が釈放を餌にした裏取引を持ち出しても、口を割らない。
「要するに志々雄が怖いってワケか」
トリ頭とホウキ頭、直情的な思考回路が似ているのか
左之助の挑発にあっさりと張は乗って、“左之助が勝負に勝てばなんでも質問に答える”という
言質を取ることができた。
(なるほど馬鹿と鋏は使いよう、とはこのことか)
結果、張の手枷を外してやるという左之助の“気遣い”に萎えた張が
質問になんでも答えるという斎藤とにとって“漁夫の利”の形になった。
「……警察の精鋭五十人程度、俺でも殺れるけどな。
“一夜で殺れる男”てなったら、十本刀に二人や」
「つまりあの“宇水”と“宗次郎”か」
「なんや、よう知っとるなあ坊ちゃん」
“坊ちゃん”と言われたは一瞬むっとした表情をしたが
すぐに切り替えて質問を続けた。
「ま、五十人殺しの下手人も分かってはいたんだけどね」
「なんやそら。わいが答えた意味ないやんけ」
「次の質問。
先日、志々雄が京都破壊を計画しているっていう情報が入ったんだけどその詳細が掴めなくてね。
奴は京都で何をしようとしてるんだ?」
これでがアジトで得た情報以上のものが出たらもうけものだし、
もしそうでなかったとしても、の立てたある“仮説”を裏付けるものになる。
「……池田屋事件、ってあんたら知っとるかい?」
「ま、人並み程度にはな。」
感情を隠してそう答える斎藤には“人並み程度”じゃないだろ、と内心突っ込む。
池田屋事件と言えば、まさしく斎藤ら新選組が京都を維新志士達の暴走から守った事件だ。
「志士達が新選組によって阻止された千年王城への大放火。
それがそのまま志々雄様の京都破壊計画になっとるんや」
かつての維新志士たちの暴挙をそっくりそのまま叩きつけるという皮肉のたっぷり込められた計画を
張は喜々として語った。
(……なるほど、ね)
そしての中で一つの仮説が裏付けられた。
────京都大火は、囮だ。