「十本刀が終結次第、国盗りの開始だ!!」
それぞれの思 惑
アジトに潜入し方治の計画やアジト内の構造を探っていたところ、
志々雄真実が戻ってきたらしい。
志々雄が“国盗り”の開始を宣言すると、配下の男達は一気に沸き立った。
「方治、抜刀斎の動向は」
「在所はまだ掴めていません。ただ先日、刀匠新井赤空の息子、青空と接触を持った事は確かです」
その“国盗り”の前祝いで緋村抜刀斎を血祭りにあげるという。
赤空が残した最後の一振りがあるという情報に人一倍興味を示したのが、十本刀の一人“刀狩りの張”だった。
おそらくこの刀狂いの男は“最後の一振り”を手に入れるために、青空一家に無茶な交渉をするだろう。
今すぐ剣心に知らせに行くべきかは迷ったが、
逡巡の末、このままアジト内の偵察を続けることを決めた。
(……剣心なら、大丈夫だ)
あいつの不殺の信念は甘っちょろい戯言だと思うが、
だからこそ自分の命を懸けてでも“人を守る”ことを諦めない。
何だかんだであいつは強いから。だから大丈夫。
はこのまま残って得られる情報と青空一家の安否を天秤にかけた上で、何度もそう言い聞かせた。
「そういえば卿が来ているらしいな」
「はい、客間にお通ししております。お会いになりますか」
志々雄の口から出た自分の名字にはどきりとしたが、
すぐに自分の事を言っているのではないと悟って気配を読まれないように息を詰めた。
「ああ。あいつの異国話は面白い」
「しかし我々のパトロンとはいえ、計画の全てを話してしまうのは危険ではないでしょうか。
新月村で会われた討伐隊には卿の縁者らしき者がいたのでしょう」
卿のことを語る志々雄に対して、方治は警戒を解いていない様子である。
志々雄一派も一枚岩ではないという事か。
「ああ、斎藤一と一緒にいた“”か。お前も本人に会ったら分かるだろうが、卿と瓜二つだったぜ。
ただの“縁者”ではないだろうな」
「ならば尚更! 卿には慎重に接するべきでは」
尚も志々雄を説得しようとする方治に志々雄は殊更愉快そうに顔を歪めて大きく嗤った。
「フハハハハハハ!!! 心配いらねえさ。あいつは俺と同じ、地獄から生まれた“修羅”だからな」
そう言って嗤い続ける志々雄に方治は気圧されたのか、それ以上卿について言及することは無かった。
***
不眠不休で出来うる限りの情報を手に入れたは、再び志々雄配下に扮してアジトを脱出した。
その足でまず向かったのは葵屋だった。
青空一家のその後がにとって一番の気がかりだったのだ。
数日ぶりに顔を見せたにお見舞いされたのは操の“怒りの怪鳥蹴り”だった。
は剣心ほどお人よしではないので、その攻撃を受けることなく軽く避けたが、
操も避けられることは分かっていたらしく、が居なかった間の状況を説明してくれと頼むと、
ぷりぷりと怒りながらも的確に話してくれた。
剣心の新しい逆刃刀探しは無事終わり、なんとそれは“殺人奇剣”の新井赤空が最後に打った刀だったという。
しかし沢尻張との一件で剣心はこのまま葵屋に留まることは危険だと判断したらしく
が戻る二日前に葵屋を出て行ったそうだ。
剣心との師匠である比古清十郎探しはまだ終わっていないが
見つかり次第のろしを発することになった、という操の話だった。
「それじゃあ、俺も用事があるから。
翁も操ちゃんも、お世話になりました」
「は大切な仲間じゃからの。頼みごとがあればまた葵屋に来てくれよ」
「え───も行っちゃうの!? と話したい事いっぱいあったのに」
「俺の本職は一応警官だからね。色々と仕事が残ってるんだ」
翁と操の暖かい言葉には笑うと、深く頭を下げて葵屋を出て行った。
向かうは沢尻が捕らえられているという警察署だ。
斎藤はまだ京都には着いていないだろうし、それまでに沢尻からの聴取とアジト潜入で得た報告書をまとめなければならない。
「遅くなりました、署長」
「ああ、君かね? 藤田君は一緒ではないのかい」
私服のまま警察署に入っただったが、話は通っていたらしくすんなりと署長室まで案内された。
署長の問いには「ちょっと一事件ありまして」と苦笑すると、
資料を整理する一室を用意できないかと署長に依頼した。
「もちろんそれは構わないよ。ただ君にお願いしたい野暮用が一つあってね」
「なんでしょう」
「実は数日前、街中で大喧嘩やらかした男をここにぶち込んだんだが……
そのまま居座ってしまってね。ガンとして動かずホトホト困っているんだ。
君の力でなんとかしてくれないか」
そう言って通されたのは警察署の地下にある留置所だった。
は嫌な予感がしながら署長に指差された格子の奥を覗き込んだ。
「よお、久しぶりだな。
思惑が当たったぜ、闇雲に探すよりもまず警察の厄介になっててめーを押さえる。
そうすりゃ、より早く確実に剣心にぶち当たるってな」
「あいにく、俺は剣心の居場所なんて知らないよ。
あてが外れて残念だったね。
下手に手出しされても面倒だから、そのままそこで大人しくしててよ」
は格子の中の人物をみて深くため息をついた。
牢の中からしたり顔でを見るのは、相楽左之助だった。本当に京都まで来てしまったのか。
……正直なところ着いて来られても足手まといにしかならない。
「署長、申し訳ありませんが彼はこのままぶち込んでおいてもらえませんか。
彼に京都をうろちょろされると任務の妨げになりますので」
「そうか。君が言うならそうしよう」
「あ、そうだ。手枷を一つ、お借りしてもよろしいですか」
牢に背を向け左之助に聞こえない程度の声で署長と話をすると
は静かに牢に入り、左之助が呆気にとられている隙にその両腕に手枷をつけた。
「な、なにすんだよ!?」
「言っただろ、大人しくしててよ」
東京で会った時点の左之助の実力ならば手枷も必要なかっただろうが、
彼が妙に自信満々なのが気になった。よって念のため、である。
ぷらぷらと手を振って留置所を後にするに対し
左之助の不満の声が地下に響き渡ったが、が振り返ることはなかった。