「斎藤さん、血の臭いがするんですけど」

「例の任務だ。お前が行っても良かったんだがな」

「……神谷道場、ですか」



き始める




 が“緋村剣心”の監察を始めてから数ヶ月が経つ。 その間、鵜堂刃衛や隠密御庭番衆、石動雷十太など剣心の周りでは常に事件が起きていた。 しかしこれらの事件について、はあくまで“監察”に徹し全く介入しなかった。よってその話は割愛する。

 明治政府を揺るがす“火種”を察知し闇に葬るというのが斎藤やの任務だ。 そして今、京都で最も危険な火種が燃え上がろうとしている。 斎藤の指す“例の”任務とは十中八九それの事だろう。


「抜刀斎に会いに行ったんだが、留守でな。あいつを釣るのに少々“置きみやげ”をしてきた」


 “置きみやげ”の内容は容易に想像できた。それに利用されたという人物には心中で合掌する。斎藤の事だ、良くて半殺しだろう。


「明日はお前にも付いてきてもらうぞ」

「分かってますよ。あ、でも赤末の方に行ってからが良いですかね?」

「ああ、ついでに後始末もしておけ」


 はいはい、とは適当に返事をする。
 赤末とは達が情報収集の為に潜入している組織の“自称”一番手だ。 は元よりそのつもりだったが、 『ついでに』の一言で殺されてしまう赤末は、噛ませ犬とはいえ些か不憫である。


「そうだ、という事は明日剣心と戦う気なんですよね」


 そう言っての口が弧を描く。


「死なないよう、頑張って下さいね」

「殺さないよう、だろ」


 斎藤は捨て台詞のようにそう言うと、を残して部屋を出て行った。



 誰も居なくなった執務室では深く息を吐く。しかしそれは決して悲観からくるものではなかった。

────さて、いったいどちらが勝つのかな。

 ふ、と一人笑うとそのままも部屋を後にした。



***



 久しぶりにあの頃の夢をみた。

 新撰組、
 親しみさえ感じていた昔の敵。


 なぜ今頃……?



 あの夢を見てからというもの、嫌な予感が身体に張り付いて落ち着かない。 神谷道場に身を寄せるようになってから早数ヶ月。 その間、何度か周囲の人々を巻き込む事態となったこともあったが、自分を『緋村剣心』として認めてくれる 神谷道場の面々の居心地の良さに、剣心は再び流浪人に戻ることが出来ないで居る。
 そんな思考が顔に出ていたのか、「どうしたの?」と神谷薫が心配そうな表情で俯く剣心を覗き込んだ。 剣心はそれをへらりと笑ってごまかすと、いつもの調子を繕って神谷道場への帰路に着いた。

────しかし神谷家に戻ってすぐ、道場からの血臭が剣心の鼻を突いた。
 剣客としての勘が大きく警鐘を鳴らす。

 急いで道場へと向かってみれば、その壁は破壊され巨大な穴が開いていた。 乱雑に道場の扉を開けると、血だまりの中に相楽左之助が沈んでいる。 その姿が先刻見た夢の中の光景に重なり、最悪の事態が剣心の脳裏に浮かんだ。


(生きて……いる)


 人の気配を感じたのか左之助が小さく身じろいだ。
 安堵し小さく息を吐くと、次いでその隣にあからさまに置かれた『石田散薬』と書かれた箱が剣心の目に入ってきた。


「薬箱、そして左之助の肩の傷……新撰組か?」


 左之助の肩に残された傷は肩口に水平に刺突されたもの。 そして刀を折り壁までも破壊するこの威力は“ある男”の技を彷彿とさせた。 加えてこの『石田散薬』の薬箱は、かつて新撰組の密偵がよく変装用に使っていたのを覚えている。
 昼に見た夢もあり、剣心の疑問は確信に近かった。


( ……そういえばも新撰組だったか )


────ふと頭に浮かんだ人。しかしそれはありえない、と剣心はその可能性を打ち消した。 傷口からみても、これは斎藤一の"牙突"であろうし、


 なにより、はもう死んでしまったのだから。