「困ったな……、アレン君は何処にいったんだ?」


資料によるとマテールには強い日差しを避けるため、地下にも巨大な都市が建設されていたらしい。 辺りは暗く、しかも入り組んでいる。 はコートからライトを出して迷路のような通路へと足を踏み入れた。



々の黄昏6



「クレミー……デニス……」


広がる血の跡を発見し、もしやアレンのものかと思い入った一室には、何者かに踏みつぶされたと思われる死体が転がっていた。 顔は変形し、血で汚れていたが、それはのよく知る顔だった。


「イノセンスを守るために……」


両手には動かなくなった結界装置がしっかりと握られていた。 思わず零れ落ちそうになる涙を、唇をかみしめ必死で押しとどめた。
────黒の教団の団員は原則、火葬。

遺体を見た遺族が、死者の名を呼び新たなアクマを作らないように。 その原則に則っての両親の遺体も、帰ってくることはなかった。


(遺体を本部まで連れ帰ることは出来ないだろうな……)


はコートから黒い手袋を出し、手にはめた。 あまり知られていないが、それがのイノセンスだった。


────ぼうっ


の手に小さな火が灯り、壁に大きな影を映し出した。


「せめて死後は安らかに……もう重い十字架を背負わなくて済むように……」


掌に灯した炎を彼らの上にのせると、瞬く間に炎は広がった。 燃え続ける彼らに深く礼をして、はその部屋を出た。




***



感覚を頼りに、通路を進むがアレンの姿は現れない。 どうしたものか、とは頭を抱えた。


『──────』


(……歌?)


すると優しい音色が先の暗闇から聞こえてきた。 子守歌、だろうか。初めてきく旋律のはずなのに、ひどく懐かしい。 音を頼りに歌のする方向へとは急いだ。 そこにアレンがいる、という根拠の無い自信がを走らせた。


「歌が止まった……」


しばらくして聞こえてきたのが建物の崩れる音だった。 嫌な予感がしたはさらに音の方向へと急いだ。


(アレン?)


そこにいたのはアレンだけではなく、 あのマテールの亡霊と、神田とトマがいた。


(ユウ……もしかして怪我してる?)


彼がイノセンスをそのままにして横になるはずがない。 おそらくそうならざるを得ないほどの怪我なのだろう。 は急いでかけよった。


「トマ……!ユウはどうしたの!?」

「先ほど、あのレベル2に襲われたのです。 応急手当はしましたが……かなり危険な状態かと。」

「……分かった。 トマ、これから私がする事は本部には報告しないでほしい。」


トマは一瞬戸惑った表情を見せたが、の眼光に気圧され静かに頷いた。それを確認すると、はジャケットから再び黒い手袋を取り出した。


「……やめろ、お前の力は必要ない……。放っておけ……」


黒い手袋を傷口にかざそうとするを制したのは神田だった。


「このままはいくらユウでも危険だ。 ……そんなに言うなら傷口を塞ぐだけにするから。」


それでも止めようとする神田を押し込めて、患部に手を当てた。 黒の手袋に刻まれた五芒星の上に『土』という文字が浮かび上がった。 するとが触れた跡は、深く抉られていた傷口がふさがっていく。

の額に大きな脂汗が浮かび、動けない神田は鋭くを睨んだが、 は手を止めることなく、作業を終えた頃には、かなり呼吸が荒くなっていた。


「ちっ……止めろつったのに。」

「はは……まあまあ、私が勝手にやったことだから。 とりあえずトマも何とか動けそうだね。 早くイノセンスを回収して病院へ行こう。」


そう言うはかなり苦しそうだった。 のこの能力は彼女自身への負担も大きく、神田が止めたのはこのためだった。


「いや……!! グゾルは、もうすぐ動かなくなるの。最後まで一緒にいさせて。 ……最後まで人形として動かさせて!お願い!」


の言葉が聞こえたのか、焦ったようにララが叫んだ。


「駄目だ。俺達はイノセンスを守るためにここに来たんだ! 今すぐその人形の心臓を取れ!」


ララの願いをキッパリと退ける神田の言葉は非情なように聞こえるが、今の状況では最善の策だった。 しかし、今回が初任務であるアレンにとってそれは受け入れられるものではなかった。


「と……取れません。ごめん、僕は取りたくない。」


突然黒い影がの横を通りアレンへと投げつけられた。 ふり向けばそれは神田の枕になっていたエクソシストのコートだと気づいた。 そのまま立ち上がろうとする神田をは手で制し、苦しそうな顔で神田のコートを握りしめるアレンに向き合った。


「11人……分かる?アレン君。 今回の任務で、このイノセンスを守るために死んだファインダー達の数だよ。 もし此処でイノセンスがアクマに奪われれば、彼らの死はすべて無駄になる。」


静かに告げるの姿はしかし有無を言わせぬようなオーラを纏っていた。 その様子にアレンは言葉に詰まるが、彼にとってもこれは引けない事だった。


さん、でも……!」



────────ドン!!!